2018年09月02日

應暦寺は石像・石仏の宝庫だ

 今日は、休日。
さわやかな秋晴れの午後、国東六郷満山・石仏の寺「應暦寺」を訪ねた。
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 「六郷」とは、国東半島を安岐・武蔵・国前・伊美・田染・来縄に分けたく六つの郷のことだ。

 「満山」は山のすべてを仏の浄域と考えて、その浄域に満ちみちたお寺の集合を満山と言うようになったらしい。


 国東の六郷満山は、豊後高田市の隣の宇佐市にある宇佐八幡宮を要として、奈良時代から平安時代にかけて成立したものといわれている。

 その宇佐八幡宮は、最初に神仏習合を実践した神社だそうで、そのため六郷満山のお寺には「六所権現(「権現」という神号は、仏が神の形となって現れたことを示す意味)」という神社が併設されているところが多いそうである。


 應暦寺の奥にも、「六所大権現」という扁額をあげた神社が併設されていた。
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 應暦寺の歴史も宇佐八幡と同じく、養老2年(718年)任聞菩薩(宇佐八幡神の化身)によって開かれたということである。

 718年といえば、奈良時代の初めである。相当古い!


 ちょうど1300年目にあたる今年は、「六郷満山開山1300年」と銘打って、宇佐・国東半島全体でたくさんのイベントが進行中らしい。

 

 さて、そのように古い應暦寺なので、ご本尊様以外にも見所がいっぱいだ。

 まず、山門を上がる前には、珍しい形の仁王像?力士像?が据えられている。
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 仁王様にしては、あまりいかめしくない。ちょっとぽっちゃりしていらっしゃる。やっぱり力士(奈良には金剛力士像なるものもあるし)かも~。最初見た時は、お地蔵様かと思うようであった。

 山門(薬医門といって珍しい造りだそう)前に据えられた仁王様の方は、「まさに仁王様」という風格があった。
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 山門をくぐると、正面が本尊を安置してある本堂で、本尊の「千手観音」(市の有形文化財)や「不動明王」(一木造りで県の有形文化財)等が祀られている。
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千手観音像
 
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不動明王像

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 山門の右手には鐘楼があり、左手には33体もの「観音様」を祀ったお堂があり、その周りにもまたまた仁王像や、巨大なお地蔵様や国東塔などが配置してある。
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 特に目をひくのが、「観音堂」の扉の両側に配置された「仁王像」だ。

 その表情やポーズが何とも独特で、風化のせいもあろうがユーモラス(失礼ながら)でさえある。
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 外で見られる石像や石仏だけでも、見ごたえ十分なのに、外での風化を恐れて本堂内に取り込まれた石像・石仏(石造灯明像・十一面観音・役行者・妙見菩薩等)も数多い。
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 本尊様以外にも、石像や石仏にぜひとも会いに訪れたい価値のある名刹だ。


【場所】
 豊後高田の市街地から国道213号線を北上し、「スーパーバリュー真玉」の先の信号で右折して県道654号線に入る。
 6.5kmほど山手に向かって走ると、左側に「ほうらいの里・仙人湯」の看板が見えたところを左折。
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 そこから0.6kmほど走ったら、右手に應暦寺の駐車場の看板が見えてくる。
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 「應暦寺」横の山道を登った所にある「堂の迫摩崖仏」の紹介は、次の機会へ…。


  
posted by よっちゃん at 20:09| Comment(0) | 伝統文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする