2018年12月02日

荘厳なたたずまいの「富貴寺」は、紅葉もいよいよ終盤だ

 もう紅葉も最後だろうと思って、富貴寺の紅葉を見に行って来た。
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 ちょうど、落葉が始まるこの時期に、毎年ライトアップと雅楽の奉納が行われているようで、お堂の前には赤い毛氈が敷き詰められていた。
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 毛氈のおかげで、イチョウの絨毯は少ししか味わえなかったが、木々の紅葉は最後の美しさを放っていた。
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 このお堂は、「宇治平等院鳳凰堂」「平泉中尊寺金色堂」と並ぶ日本三阿弥陀堂のひとつに数えられ、九州最古の木造建築物として国宝に指定されている由緒ある寺院らしい。

 この大堂も、中に祀られている木造阿弥陀如来像も、平安時代後期(12世紀)の制作と見られるそうで、こちらも国の重要文化財に指定されている。
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  「富貴寺パンフレット」より



 この寺院は、末法思想が広まった平安時代に、何とか極楽浄土に往生を遂げたいと、宇佐神宮の神宮司であった宇佐氏が祈りを捧げる場所として建立したと聞く。

 しかし、時代の流れとともにいつしか管理する人もいなくなり、大正時代くらいまでは子どものかくれんぼの場所などになっていたらしい。



 そのため、建立当時には、阿弥陀如来像の周りを彩っていた極楽浄土や様々な仏菩薩を描いた極彩色の壁画の劣化は激しく、今ではみる影もない。


 聞くところによると、大分県立博物館に、その創建当時の美しく鮮やかな壁画が再現されているらしいので、そのうち博物館にも行ってみようと思う。
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『聖なる霊場・六郷満山』(大分県立歴史博物館編)より


 お堂といい如来像といい、うかがい知れる当時のその荘厳さからは、当時の人々の末法への不安や極楽往生への強い憧れが十分感じられる。




 残念ながら、次の予定があったため、ライトアップや雅楽奉納まで留まることができなかったが、きっと今も昔もさぞや幻想的な景色が見られただろう。

 
 戦時中は空襲の被害にもあったようだが、よくぞ無事に千年近くも持ちこたえ、こうして今も間近で当時の人たちの信仰の様子を伺い知れるなんて、本当に感慨深い。





 「富貴寺」は、豊後高田市市街から県道34号線を田染方面へ南下し、途中から東方向へ。車で約15分。

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posted by よっちゃん at 16:59| Comment(0) | 伝統文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする