2018年08月22日

仙人湯にゆかりのお寺「大黒堂」

 昨日のブログに書いた「ほうらいの里・仙人湯」は、割と奥まった岩山と岩山の谷間の、どちらかというと「ひっそり」という言葉が似合うような場所にある。

 「知る人ぞ知る」といった、まさに「秘湯」といった感じの温泉なのだが、この温泉にはさらに「知る人ぞ知る」ヒミツが隠されている。



 それは、あまり知られてはいないが、この温泉の元の源泉を掘り当てた人が建立したお寺が、温泉の向かいの岩山の中腹にこれまたひっそりと存在するのだ。

 その名も「大黒堂」。

 そのお寺は、現在は「仙人湯」となっている温泉の源泉が掘り当てられたことを記念して建立されたお寺らしい。

 

 その元の湯は、現在の仙人湯の下側にあり、上にはテントを張っただけの簡易風呂のようなスタイルで、正式な営業という形もとっていなかったらしい。

 正式営業ではないため、料金はとらず、そこのお地蔵さんに幾ばくかのお布施を置いていくというような形をとっていたらしい。
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階段を上り詰めた右に置かれているこの地蔵さんがそれだろうか?


  そのお寺は、仙人湯から歩いてすぐなので、少しばかりの上り坂と石段を上がって行ってみると、立派な白壁のお堂が待っていた。

 普段は、だれも上がって来ないような奥まった場所に、本当にひっそりと立っている。
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 その建立された方も、今では亡くなり現在は親族の方が管理されているらしい。

 だから、きちんと境内の草も刈られ、荒れ果てた「廃寺」のような感じは受けなかったのだな。
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 しかし、あまりの静寂さに、やはりだれも訪れないという寂びれた感は否めない。



 石段を上り詰めた所に、石碑が建てられていて、「大黒天然之湯」と大きく彫ってあった。
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 石碑の裏側には、「法華経」が刻まれており、この寺を建立された方の信心深さを物語っている。


 境内に立って眼下の「仙人湯」の方を眺めていると、このお寺といい、お地蔵様といい、温泉を掘って地域のみなさんのために役立てようとした故人の思いが、伝わってくるようだ。




 その石碑の側面には、建立年を「昭和丁巳年十月十一日」と記してあった。


 「丁巳年」とは「ひのとみ」と読み、「十干」と「十二支」の組み合わせを60年間の一年一年に対応させた表し方の一つだ。

 昨日まで高校球児たちが熱戦を繰り広げた「甲子園」ができた年の「甲子(きのえね)」をスタートとして数え始めると、「丁巳(ひのとみ)」は、第54番目(54年後)にあたる。

 「甲子年」は大正13年なので、その54年後の「丁巳年」は「昭和52年」のことだ。

 ということは、この温泉はすごく古い温泉というわけではないし、このお寺もそれほど年数が経っているわけではない。


 

 ちなみに、60年たつと十干と十二支の組み合わせが尽きて、また最初に戻ってからの繰り返しになる。

 そこで、「60歳になることを還暦を迎える」といって、お祝いすることはよくやられていることだ。

 
 この温泉が、昭和54年10月11日生まれだとすると、現在その元の湯をひきついだ仙人湯まで数えて満40歳。



 この地域のみなさんに愛されている温泉が無事還暦を迎え、その後もずっと続いていけるよう願ってやまない。


posted by よっちゃん at 21:51| Comment(0) | 観光 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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