2020年01月24日

真玉大塚古墳はまるで秘境だ

 豊後高田市の真玉にある「大塚古墳」に行って来た。
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 聞くところによると、この古墳は大分県内でも二番目に大きな前方後円墳だそうだ。
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 前々から行きたいと思っていたのだが、そこまでの道が細くて入り組んでいるため、なかなか近寄れなかった古墳だ。

 今回、古墳への取り付き口を教えてくれる人があったため、ようやくお目にかかることができた。




 近寄ってみると、なるほど墳丘の盛り上がりや周濠のくぼみなどがかすかに分かるが、古墳だと教えられなければ、単なる林と思い見過ごしてしまうような遺跡である。
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 その林へ小道をたどって入って行くと、そこには社が建ち、神様が祀られていた。
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 社の前はきれいに掃き清められており、雰囲気は廃墟でも、ちゃんと人の手が入っていることが伺えた。

 社の両脇には小さな祠が並び、一つの祠の前には朽ちかけた小さい狛犬が鎮座していた。
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 その昔、この古墳は海岸近くに作られ、大きさもさることながら、葺石などで古墳を覆ってとても目立っていたらしい。

 しかし、近代になって、古墳の海側は干拓が進み、今では海岸からは少し離れた場所にひっそりと埋もれてしまっている。
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 しかも、神社建設や土取りによって、前方後円墳の形もずいぶんと損なわれてしまっているようだ。
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 かろうじて、墳墓を覆っている樹木が、かつて巨大だった墳墓の形を思い起こさせるような形で密生している。
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 案内板の説明を読み、この古墳の大きさの一端に触れただけでも、古の人たちがこの地に息づき、活気ある生活を営んでいたことが容易に想像される。


 これほどの古墳をひっそりと埋もれさせておくのは、何とももったいない気がする。

 もっと多くに人に知ってもらい、この地が交通の要衝であったことや、先人が築きあげた国東の繁栄具合に思いをいたす機会が増えるといい。


 そうすることで、この地に暮らす人々の郷土愛や自信・誇りなどももっともっと増すのではなかろうか?




 
 帰る時に振り返ると、二本の大木が「ここからは墓だから、心して近づくように」と言わんばかりに、ぐにゃぐにゃの枝を広げて古墳へ通じる小道に覆いかぶさっていた。
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 ほんのちょっぴりだが、秘境探検のインディ・ジョーンズの心持ちが味わえた気がした(大げさすぎか?)。


 



 
posted by よっちゃん at 23:02| Comment(0) | 伝統文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月26日

春日神社「秋季大祭」で歌ってきた

 今日は、豊後高田市草地にある「春日神社」の「秋季大祭神幸祭おくだり」に行ってきた。
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 今宵は、神輿が春日神社から「御旅所」に下って一泊するため、夕方から露店が出たり、カラオケ大会が催されたりと賑わい行事が行われる。
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 いつもは人気もなく殺風景な「御旅所」も、今宵ばかりは煌々と灯りが点いて、スピーカーからはカラオケの音楽が流され、なかなかの賑わいだ。

 露天からは、地鶏焼きや豚バラの串焼きの美味しそうな匂いも漂ってくる。

 子どもたちは次々と輪投げや金魚すくいを周っては、遊びに興じている。
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 お誘いがあったため、自分も10名ほどのかわいいパフォーマーさんをお供に1曲歌ってきた。

 曲はもちろん、今子どもたちに大人気の「パプリカ」。

 ノリノリで歌い踊る子どもたちは、とても可愛いらしい。
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 お客さんも、子どもたちの熱演を楽しんでくれたようで、歌い終わるとなんと「お花代」や「お菓子の詰め合わせ袋」を手渡していただいた。

 届けていただいたAさん、どうもありがとう。




 参加賞として、豊後高田市の「ふるさと納税」の返礼品にも採用されている「マルイ醤油 豊の雫」をいただいて帰って来た。

 
 勿論、露店で焼き立ての「豚バラ串焼き」を買うのも忘れなかった。




 明日は、「戦没者慰霊祭」や「奉納子供ずもう」などの後、神輿の「おのぼり」がとり行われるらしい。

 
posted by よっちゃん at 21:31| Comment(0) | 伝統文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月25日

豊後高田市猫石にある「猫石」は猫そっくり

 豊後高田市の草地にある「猫石」という石(岩?)を見て来た。
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 「猫石」がこの地区の地名にもあるくらいだから、どのように猫っぽいのか楽しみだった。



 国道213号線を豊後高田市街地から北上すること3km強。斜め右に入る道路を入って行くと、「猫石」のある貴船神社がある。
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 その境内の道寄りの目立つところに、その「猫石」は鎮座していた。
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 ちなみに、「貴船神社」というのは全国に450社ほどあるらしいが、水神として古くから「祈雨の神」として信仰されていたらしい。
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 ここ国東半島も「瀬戸内気候」に属するため、昔から干害を受けやすかったためであろう。

 宇佐市から豊後高田市にかけて、かなりたくさんの「貴船神社」が存在している。



 
 
 さて、ようやく会えた「猫石」はけっこうな大きさで、見る角度によってはなるほど座って頭を下げた猫に見える。
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 猫の首と思しき辺りに注連縄がかけてあるため、それが猫の首輪のようでもある。




 石の表面はツルツルではなくでこぼこが激しく、いたるところに穴もあいていた。
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 現在は、干拓によって海岸線は2km程北西に離れているので、俄かには信じ難いが、昔はこの辺りまでが海だったという。

 そのため、波の浸食を受けた結果、このような特徴的な姿形の岩が出来上がったのだそうだ。



 貴船神社近くの地元出身の人に聞くと、50年位前までは、すぐ近くにも入浜式の塩田があったという。

 また、江戸時代の干拓で海岸がなくなるまでは、「草地」は良港として活躍していたらしい。





 その地元出身の人に聞くと、「猫石」は今の形と違って頭がついていた気がするという。

 その頭の部分の岩が落ちて、今の姿になったと言うのだ。


 そう言えば、「猫石」と対面する形で、ことらも注連縄のついた小さな岩が置かれている。
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 その岩が、もともと「猫石」にくっついていた頭の部分なのだろうか?


 
 だとすると、その頭もついた元の姿は、もっと猫らしかったのかもしれない。
 
 どこかに元の「猫石」の写真等は残っていないものだろうか?





 猫の頭が落ちたのかどうか真偽の程は定かではないが、しばらく「猫石」の元の姿を探し求めてみようと思う。

 もし、写真をお持ちの方がいらっしゃったら、見せていただきたいものだ。



 
posted by よっちゃん at 21:10| Comment(0) | 伝統文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする