2019年08月25日

豊後高田市猫石にある「猫石」は猫そっくり

 豊後高田市の草地にある「猫石」という石(岩?)を見て来た。
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 「猫石」がこの地区の地名にもあるくらいだから、どのように猫っぽいのか楽しみだった。



 国道213号線を豊後高田市街地から北上すること3km強。斜め右に入る道路を入って行くと、「猫石」のある貴船神社がある。
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 その境内の道寄りの目立つところに、その「猫石」は鎮座していた。
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 ちなみに、「貴船神社」というのは全国に450社ほどあるらしいが、水神として古くから「祈雨の神」として信仰されていたらしい。
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 ここ国東半島も「瀬戸内気候」に属するため、昔から干害を受けやすかったためであろう。

 宇佐市から豊後高田市にかけて、かなりたくさんの「貴船神社」が存在している。



 
 
 さて、ようやく会えた「猫石」はけっこうな大きさで、見る角度によってはなるほど座って頭を下げた猫に見える。
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 猫の首と思しき辺りに注連縄がかけてあるため、それが猫の首輪のようでもある。




 石の表面はツルツルではなくでこぼこが激しく、いたるところに穴もあいていた。
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 現在は、干拓によって海岸線は2km程北西に離れているので、俄かには信じ難いが、昔はこの辺りまでが海だったという。

 そのため、波の浸食を受けた結果、このような特徴的な姿形の岩が出来上がったのだそうだ。



 貴船神社近くの地元出身の人に聞くと、50年位前までは、すぐ近くにも入浜式の塩田があったという。

 また、江戸時代の干拓で海岸がなくなるまでは、「草地」は良港として活躍していたらしい。





 その地元出身の人に聞くと、「猫石」は今の形と違って頭がついていた気がするという。

 その頭の部分の岩が落ちて、今の姿になったと言うのだ。


 そう言えば、「猫石」と対面する形で、ことらも注連縄のついた小さな岩が置かれている。
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 その岩が、もともと「猫石」にくっついていた頭の部分なのだろうか?


 
 だとすると、その頭もついた元の姿は、もっと猫らしかったのかもしれない。
 
 どこかに元の「猫石」の写真等は残っていないものだろうか?





 猫の頭が落ちたのかどうか真偽の程は定かではないが、しばらく「猫石」の元の姿を探し求めてみようと思う。

 もし、写真をお持ちの方がいらっしゃったら、見せていただきたいものだ。



 
posted by よっちゃん at 21:10| Comment(0) | 伝統文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月17日

小さい子からお年寄りまでが一緒に踊る「草地踊り」はすばらしい!

 昨夜は、「草地おどり」の本家本元である草地であった盆踊りに参加して来た。
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「草地おどり」は、豊後高田市の草地地区に江戸時代から伝わっている盆踊りで、大分県の無形民族文化財にも指定されている伝統芸能だ。
 
 この踊りは、「レソ」「マッカセ」「ヤンソレサ」「六調子」と呼ばれる4つの調子で構成され、優しい調子(女踊り)から激しい調子(男踊り)へと変化していくのが特徴だ。



 「口説(くどき)」という独特の歌とそれに合いの手を入れる人と、威勢よく太鼓をたたく人が、会場中央の櫓の上で張り切って音頭をとっている。
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 それに合わせて、少しずつ踊り手たちが櫓を囲むように踊りながら輪を作っていく。

 団体で参加してきているチームもあるが、小さい子からお年寄りまで実に楽しそうに踊っている。
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 学校でも習っているせいもあるが、小学校低学年の子でも上手な手さばき・体さばきで見事に踊りこなしている。

 こんなに小さいうちから踊っていれば、そのうちお囃子が流れると自然に体が動いてしまうようになるのだろう。


 実際、自分の前を踊っていた年配の方などは、体に踊りや合いの手の掛け声がしっかりと染み付いているといった感じで、実に軽やかに踊られていた。
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 初めてなので見よう見まねでやってみると、手を挙げたり曲げ伸ばしたりしながら体はくるくると左右に向きを変え続け、かなり忙しい。

 さらに、「口説」の内容も物語のようになっていて長いため、一つ一つの踊りがかなり長く続く。



 7時に始まった踊りは30分以上も踊り続けて、やっと休憩に入った。

 踊るとのどもかわくため、休憩中は、かき氷や飲み物に焼き鳥などの屋台が賑わいを見せていた。
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 20分の休憩をはさんで、踊り再開。

 「口説」も太鼓も交代しながら、踊りはまたまた30分以上続いた。
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 全部で四つの踊りを踊ったが、最後まで踊るのはなかなか体力の要るし、体幹もしっかりしていないと踊りがふにゃふにゃしてしまう。
 
 最後の「六調子」では、速いテンポに合わせて動きも激しく、目が回りそうであった。




 一つでも何とかものにしようと頑張った結果、初めの「レソ」と「マッカセ」は、何となくそれらしい仕草に近づくことはできたが、動きの激しくなる「ヤンソレサ」や「六調子」では、全くついていけなかった。



 踊っているうちには、きれいな満月ものぼって来て、結局終わったのは9時であった。
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 昨年、初盆を迎えたお宅の庭先で、明かりを煌々と灯して、調子のいい太鼓の音とともにみんなが輪を作って踊っていたのも、この草地踊りであった。

 地区によって、リズムや踊り方に多少の違いはあるようだが、江戸時代からの伝統をしっかりと守り継承されているところがすばらしい!



 盆踊りは、ご先祖様を供養するためのものだそうだが、小さな子どもからお年寄りまで3世代・4世代が一緒に嬉しそうに踊っている様子を見て、このような伝統がしっかりと引き継がれている草地は、なんと幸せな土地だろうとつくづく感じた。


 
posted by よっちゃん at 17:50| Comment(0) | 伝統文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月29日

美しさが際立つ、院内のアーチ橋「鳥居橋」

 このごろの楽しみの一つは、宇佐市院内に多数ある石橋を巡ることだ。

 今回紹介するのは、かなり宇佐市街地に近い所(院内でも北側の東九州自動車道の宇佐ICに近い)に位置する「鳥居橋」だ。
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 この橋は、すらりとしたその橋脚から「石橋の貴婦人」と呼ばれている有名な石橋で、国道387号線からすぐ見える所にあって、訪れる人も多いからだろう、夜間はライトアップがされているらしい。
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 この橋の特徴は、その橋脚の美しさもさることながら、何と言っても5連のアーチがリズミカルに並んでいることだろう。
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 大水の時は川の水がかなり増水するので、一本の橋脚を太くわけにもいかず、そのため途中を細い橋脚で何本も継いでいく必要があったのだろうか?

 谷が深いため、橋を向こう岸まで渡すには、高い橋脚を4本も設えるのは、大変な苦労があったと思う。
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 橋を渡ってみると、橋の平らさと言いといい欄干の造作といい、とても丁寧に作られていることも分かる。
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 現代のような重機や工具もろくにない時代(大正5年完成)に、よくぞ人の手でこれほどのものを拵えたものである。




 院内に65基あるアーチ橋の中でも、5連というのはこの「鳥居橋」だけである。

 石で作られた橋でありながら、重厚感よりも美しさがとても際立って見える。



 春に立ち寄った時は、川の岸辺の桜や菜の花に彩られて、うっとりとするような眺めであった。
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 75基もある石橋のうち、ライトアップされているのはほんの4基だけなので、そのうち夜の石橋も鑑賞してみようと思う。





 
ラベル:石橋
posted by よっちゃん at 21:28| Comment(0) | 伝統文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする